第7回 赤ちゃんのきもちになってみよう

ここまで、赤ちゃんの観察をし、赤ちゃんなりのものごとの考え方、全身運動のやり方、コミュニケーションの方法について見てきました。赤ちゃんは記憶し、予測します。感覚で受け取り、運動で働きかけます。大人に自分の姿を重ねます。他者の気持ちを感じながら世界を探索します。そんな赤ちゃんたちの気持ちが見えてきたところで、今度はぼくたちが赤ちゃんのきもちになりきってみましょう。
第6回「『探索』のためには、愛がいる」を読む

ぼくはこの連載を書いている今は子育て経験もないですし、発達心理学や認知科学の修士・博士でもありません。大学では社会学の質的調査法を学んでいました。そんなぼくでも、赤ちゃんと関わる仕事を3年続けています。そしてそれはとっても楽しいのです。みなさんはなんらかのきっかけでこの連載を読んでいただいているかと思います。もしかしたら、自分や知人や親戚に赤ちゃんが生まれて、これから赤ちゃんに出会うための興味として読んでいただいているかもしれません。みなさんとその楽しみが共有できれば、これほど嬉しいことはありません。

この回では、実際に「赤ちゃんと関わろう」というときに、大人はどんなきもちでいればいいのかを書いてみようと思います。それは、赤ちゃんは他者であることを認識したうえで、自分の中の「赤ちゃんの心」を発見することです。

赤ちゃんとわたしは違う

赤ちゃんは他者です。たとえ自分の子であっても。私があなたではないように、彼もまたあなたではなく、私ではない。血がつながっていても、赤ちゃんは他者なのです。

しかも、自分との差がかなり大きい他者です。まず、身体のサイズが違うので、目線が違います。頭の重さも違います。とれる姿勢も移動の仕方も違いますし、運動能力も違います。視力も、音の聞こえ方も、匂いや触り心地の感じ方も違います。

そして、ぼくたちが普段使うような言葉は通じません。「キッチンの棚を開けてはいけないよ、危ないからね」と言っても何のことかわかりません。動きや声のリズムの方を感じとっています(キッチンの棚を開けて危ない思いをしたことがあれば、月齢によっては「キッチン」という言葉を聞いて、近づいてはいけない場所という意味がわかる場合もありますが)。

経験値も違います。水が上から下に流れることや、磁石で物が壁にくっつくこと、スイッチを押して電気をつけることなども、いままさに経験し学んでいる最中です。

他にも異なる点をあげればきりがないのですが、これだけ感覚が違うのだから、かなり異なります。ですから、完璧に彼らが感じている世界を理解することは不可能です。でも、想像することはできます。

赤ちゃんの身体を借りる

ぼくが一緒に赤ちゃん向けワークショップをつくったチームでは、赤ちゃんの目線で考えることをBird Viewならぬ「Baby View」と呼んでいます

「Baby View」とは赤ちゃんの中に入り込んで赤ちゃんのからだを借りるかのように、赤ちゃんが感じている世界を想像することです。「view」というと視覚だけのことのように感じますが、身体の大きさ、運動感覚などもふくめて想像できると、より解像度が上がります。

この眼差しを身につける方法はいくつかありますが、YouTubeを使ってできる方法をご紹介します。

1. YouTubeで「赤ちゃん(月齢)」で検索する
2. YouTubeの動画に映る赤ちゃんが「何を感じているのか」を考察する
3. YouTubeの動画に映る赤ちゃんの真似をして、何を感じたのかを言語化する

この3ステップです。できれば真面目にふざけられる仲間と一緒にやるのがよいでしょう。ぼくは職場では同僚に、家では妻に、動画の真似をしているところを見てもらい、何を感じたかを話しています。

オススメは、第4回に登場した「ずり這い」を始めたばかりの赤ちゃんの真似です。

手、腕、頭、ひざ、足の指先の位置関係に注意して見ます。そして、動画のなかで「赤ちゃんがやっていないこと」をズルしてやらないように気をつけます。ずり這いって大人がやると本当に難しくて、どうやって前に進んでるのかわからなくなります。そしてコツをつかむと「あ、なるほどこうすればいいのね」と腑に落ちます。その感じはおそらく、赤ちゃんがずり這いの運動パターンを心得た瞬間ととても似ていると思います。

手軽なところでは、指しゃぶりです。赤ちゃんが拳を舐めているのを真似してみると、口の感覚がほとんどで、手の「舐められている」感覚はあまり感じません。ただ、舐める位置を変えるために手首を回したりするときに手の運動はけっこう意識的にやってるな、といったことがわかります。これも面白いです(拳を舐めた後に手を洗えば大丈夫!)。

赤ちゃんの心をもつ

Baby Viewを鍛錬していくなかでもっとも重要なことは、自分の中にその行為を「面白い!」と思う気持ちが芽生えるかどうかです。ずり這いや指しゃぶりを真似するときも、感覚を研ぎ澄ましていくと、「赤ちゃんってこう感じているのかも!」と、腑に落ちるポイントがあります。もちろんそれはただの勘違いかもしれませんし、正解は赤ちゃんの中にしかないので、それで理解したつもりにならないほうがよいのですが、その腑に落ちた感覚はとても気持ちがいいです。

これはいわば、Baby ViewならぬBaby Mindを自分のなかに育てることです。ぼくがこだわりつづけてきたのは、大人目線で赤ちゃんを見るのではなく、赤ちゃんの世界に入り込んで、赤ちゃんに憑依するように思考することです。それを続けていくことで自分のなかのBaby Mindが充実していきました。

枯れ木に花咲くを驚くより、生木に花咲くを驚け

まとめです。赤ちゃんは大人とは異なる他者ですが、赤ちゃんが感じている世界を想像することはできます。そのために、赤ちゃんの観察をし、考察し、真似してみます。真似してみると、その行為を面白いと思う気持ちが湧いてくることもしばしば。その赤ちゃんの目線、赤ちゃんの心持ちを自分の中に持っておくことで、赤ちゃんの世界を想像しやすくなっていきます。

大人の当たり前をふりかざして赤ちゃんを「未熟なもの」「教え導くべきもの」として見ると「そんなこともできないの?」という見下した目線になってしまいます。しかし、赤ちゃんの観察をし、真似をし、研究を紐解いたりして赤ちゃんが経験している世界をのぞいてみると「そんなことを学習してできるようになっているのか!」と感動できるようになります。「枯れ木に花咲くを驚くより、生木に花咲くを驚け」という江戸時代の哲学者・三浦梅園の言葉がありますが、赤ちゃんの探索の世界はまさにそのようなセンスオブワンダーをひらいてくれます

では、次はいよいよ最終回です。家庭でもできる赤ちゃんとの遊び方をご紹介したいと思います。

<今回のまとめ>
・赤ちゃんは自分ではない、ということを肝に銘じよう
・赤ちゃんの気持ちになるために、赤ちゃんの真似をしてみよう
・真似をして感じたことを人と語り合い、Baby Mindを育てよう