「これからはネット!」「編集者はいらない!」……とは言えない、未来の漫画家のあり方【後編】

  • お金を語るのはカッコいい・お金と漫画 / 井上 純一

大ヒットマンガ『中国嫁日記』の作者・井上純一さんが、8月4日にお金に関する漫画『キミのお金はどこに消えるのか』(キミ金)を出版。初めてお金をテーマに漫画を描いた井上さんは、「もっと漫画家は経済漫画を描くべき!」と言います。その理由とは。また、雑誌とウェブサイトで連載する『キミ金』の新しいビジネスモデルは、出版業界が縮小する時代に、漫画家を救うことができるのでしょうか?
「減った分の私達のお金、誰が取ったの?」その一言で漫画が生まれた【中編】を読む

漫画家は、お金稼ぎに興味がない?

僕は多くの漫画家に、経済漫画を描いてほしいんですよね。なぜなら、『キミのお金はどこに消えるのか』(キミ金)を描いて、漫画は経済というものにものすごく向いていると気づいたから。まず、お金っていうものがそもそもぼんやりしている。そして、ぼんやりしたものの雰囲気を伝えるのに、漫画は最適なんですよね。

——三田紀房さんが、投資をテーマに『インベスターZ』を描かれていましたよね。

あれ、とてもよかったですよね。読み込めば投資のことがわかるし、さらっと読めば「投資のことはなんかよくわかんないけどおもしろい!」という娯楽漫画として楽しめる。いい着眼点だと思います。
金融は前提条件をたくさん書かないと正確に記述できない、という問題があるんですけど、漫画なら、ざっくり書くことができるんですよ。漫画は、セリフとか枠外とか、文字の大きさとかで強弱をつけられるから、大事なところだけしっかり見せることができるのがいいんです。

——なるほど。「キミ金」でもそういうテクニックがいろいろ使われていて、読みやすいです。ただお金の漫画を描いてほしいといっても、漫画家さんってあまりお金とか金融に興味がなさそうなイメージがあります。

そうなんですよ! 特に絵に魅力のある漫画家さんは、「美」に身を捧げているんですよ。まあ、浮世を離れた仙人、とでもいいましょうか。そういう人たちは、寝食忘れて漫画を描いていたらいつの間にかヒットしていました、みたいなことを平気でやる。そして、日本人はそういう生き方が好きですよね。

——いま、井上さんは『中国嫁日記』のブログに広告を貼り、そこから広告収入も得ていますよね。そういうことも、漫画家さんはやりたがらないと他のインタビューでおっしゃっていたのを拝見しました。

漫画家はお金儲けを外注したがる傾向があります。自分でGoogle AdSenseを設定するのも、よくわからないし、めんどうくさい。だから、雑誌に掲載して原稿料をもらって、単行本になったら印税をもらう、というのが一番いいと思っている。でもね、ビジネスとして漫画を見た場合、出版社ができることはだんだん減ってきているんですよ。
それを感じたから、今回『キミ金』では『文芸カドカワ』に掲載するのと同時に、noteに載せて1本100円で売るという、新しいビジネスのかたちを試してみたんです。

本当は、宣伝ツイートがつらい

——大ヒットした田中圭一さん作の『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』も同じ形態で連載していたんですよね。

そうそう、僕は二匹目のドジョウを狙いますと、田中さんにも言いました。2番手の僕が成功したら、はじめて誰でも成功するスタイルだと言えるから。
これは2つの収入源があるという部分で画期的ですが、問題もあります。それは、編集者がやってくれていたことを、自分でやらなければいけないということ。例えばnoteの連載では有料限定公開のページの一つ前に、ダイジェストのページがありますよね。

——はい、今回の名シーンを集めたページですね。

これももともと『うつヌケ』で田中さんがやっていたんです。そのページを見て、「おもしろそう!」と思ったら購入してもらえる。田中さんはその「引き」をつくるのがすごくうまいんですよ。見習ってやってみたら、まあ難しいこと。ちゃんと作ろうとすると異常にめんどうくさい(笑)。

——ああいうページは、これまでは編集者が作っていたんですか?

そうですね。例えば、単行本の最後のほうに、次の巻の内容が少し載っていて、「◯巻 2018年◯月発売」と予告してあるページがありますよね。そういうのは、編集サイドがやってくれていたんです。それをnoteでは自分でやっている感じですね。
編集者やブックデザイナーには、そういうのを考えるのが天才的にうまい人がいるんですよ。例えば、『中国嫁日記』の装丁は里見英樹さんというデザイナーさんにお願いしていて、この人はもうデザインだけじゃなくて帯や広告のキャッチコピーを考える天才でもある。

——キャッチコピーもブックデザイナーさんが考えることがあるんですね。

里見さんは『よつばと!』のあずまきよひこさんと、「よつばスタジオ」というデザイン会社を立ち上げています。『よつばと!』の帯コピーも、全部里見さんが考えていて、よく使われる「いつでも今日が、いちばん楽しい日。」というのも里見さん作。
いちばん有名なのは、『苺ましまろ』の「かわいいは正義!」かな。もういろんなところで使われすぎて、『苺ましまろ』のキャッチコピーだと思ってない人もいるでしょうね(笑)。『中国嫁日記』も「日中関係が、なんだかおかしい。」という代表的なキャッチコピーを考えてくれたのは里見さんです。

——すごいですね。たしかに、そういう人がいたらお願いしたくなるのもわかります。

そう、自分で自分の漫画の宣伝考えるのって、大変なんですよ。宣伝は多くの漫画家にとってすごく苦痛な行為だと思います。宣伝ツイート、めっちゃやりたくないです。

——あ、井上さんも嫌なんですね。「宣伝ばかりですみません」と謝っている漫画家さんのツイートをたまに見かけますが……。

いやー、なんか嫌ですよね。本当は、『HELLSING』『ドリフターズ』の平野耕太さんみたいにしていたい。彼は宣伝ツイートほとんどしないんですよ。でも常に超面白いことをつぶやいている。その上で漫画も人気があるから、50万人くらいフォロワーがいるんですよね。才能があるならああいう風に生きたい。無理ですが(笑)。

フォロワーが少なくても、漫画家は成り立つ

——最近だと、新人漫画家は漫画をアップしてフォロワーを増やしたほうがいい、とアドバイスする人もいますよね。

それね……間違ってはいないですけど、全員が全員、自分でファンを集めて金を稼がないと成り立たないぞ、っていうのは脅しが過ぎると思います。
やっぱり、お金の部分に関わらないほうが、いい作品を書く漫画家さんもいるんですよ。さっき言った仙人タイプの人。出版社が周りのことをサポートして、初めて全力を発揮できる。そういう人が漫画を描く環境も、確保しておいたほうがいいでしょう。自分で稼ぐ才能がある漫画家だけが生き残るという言い方をすると、漫画の幅が狭くなると思います。

——なるべく多様な漫画家が生き残れるほうが、読者としてもいろいろな作品が読めていいですよね。

できる商売とできない商売は、それぞれ違うんですよね。例えば、数ページで人を惹きつけるキャッチーな短編が描けるという人が、Twitterでファンを増やして出版にこぎつける、といったルートが生まれてきたのはいいことだと思います。
ただ、間口が広がった分、混迷の度合いも深まっていると感じます。自分がどういう道を進むか、自分で考えなければいけない。漫画家も今までのように、出版社に持ち込みして、賞に応募して、雑誌に連載して、それを単行本化して、あわよくばアニメ化されて……といった、王道だけではなくなりましたからね。そして、この王道で成功する人は減っている。

——じゃあ、そのルートは選ばないほうがいい?

いや、それがそうとも言い切れなくて。僕は、周りで言われているほど、漫画家がどれだけ自分のフォロワーを持っているかに左右される時代がくる、とは思っていないんですよ。
だって、今売れている漫画はけっきょく、『ONE PIECE』や『進撃の巨人』、『キングダム』などでしょう。尾田栄一郎さんや諫山創さんはTwitterやってないし、これらの漫画がウェブから始まったわけでもない。今メジャーで売れてる漫画は、けっきょくさっきの王道から生まれているんです。

——たしかに。『雑誌はオワコン』と言われたりしますが、何億部も売れる漫画は雑誌連載の漫画ばかりですね。

そうなんです。事実から目を背けて、「これからは自分でファンを囲い込む漫画家が強い!」「編集者なんてもういらない!」とか言っても、どうなのかなと。そういうことを言えるようになるのは、1人で描いたウェブ漫画が大ヒットして、何億も稼ぐ漫画家が出てきてからですよね。
まあでも、ネットの漫画が雑誌連載の漫画を超えるのは、そう遠くない未来かもしれません。中国はもうネットの漫画がすべてですから。

——そうなんですか!

中国のネット漫画は10億ビューとかいきますからね。世界が違うんですよ。国土が広すぎて書籍流通ができない、というウィークポイントがあるからこそ、ネット漫画が普及したとも言えるのですが。
でも、日本でもネット漫画が主流になる可能性は充分あります。僕は今、『中国嫁日記』の印税がメインの収入ですが、また新しいビジネスを考えるべきなのかもしれません。月(ゆえ)に心配かけないように、がんばらなきゃな(笑)。