経営理念の「愛」があるから、安心して利益を追求できる【前編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・ピジョン 山下茂社長 / 山下 茂

赤ちゃんやママ向け商品を製造・販売する総合育児用品メーカー、ピジョン。哺乳器で国内70%超の圧倒的なシェアをもち、お母さんたちに信頼されている会社だ。同時に、売上総利益率が約50%、ROE(自己資本利益率)が20%以上など、海外の優良企業と比べても極めて高い収益力を誇り、投資家からも人気がある。ピジョンの経営は、なぜそんなにすごいのか。山下茂社長に聞いた。

「本物の利益」を追求する

まずは、私が作ったこの資料を見ていただけますか。当社の基本原則「Pigeon Way(ピジョンウェイ)」から、ファイナンスの考え方に至るまで、仕事をするうえで社員に理解してほしいことをまとめたものです。

2013年に社長になって以来、手製の資料を持って世界中の拠点を回っています。グループ全体では3500人を超える規模になりましたが、ピジョン本体は350人ほど。まだまだ、私が対話できる人数です。各拠点では、新入社員から管理職まで全員を集めて、90分みっちり講義をします。つい先日も広島の支店に行き、大雨で新幹線が止まって帰りが大変で……。

この講義、前はあまり人気がなかったんですよ。「Pigeon Wayの基本となる価値観3つはなんですか」とか、私が社員にいちいち確認するのがダメだったみたいです。「ふだんは覚えているのに、社長から聞かれると頭が真っ白になります」という声があって、確かにそうだなと思いました。いまは当てるのをやめて、間違えてもいいから手を上げて答えることを推奨しています。おかげで、そんなに嫌がられなくなったようですね(笑)。

講義では、経営理念とともに、当社独自の経営指標である「PVA(Pigeon Value Added)」の説明をします。社員が仕事を遂行するうえで、目標とする利益をどう考えればいいのか。それを示すのが、PVA。これがとっても重要な考え方なんです。

「利益」というと、「営業利益」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。売上高から、原価や販管費を引いたものですね。または、法人税などの税金を差し引いた「当期純利益」だという人もいるかもしれません。しかし、当社が目指すのはもっとシビア。そこからさらに「資本コスト」を引いた数字を、利益とみなしているのです。

事業には、元手となる資金が必要です。その資金は、空から降ってくるものではありません。投資家や銀行から借りているものであり、その見返りとして株主への配当やキャピタルゲイン、利息といったコストが必ずかかります。それが、「資本コスト」です。見えやすい原価や人件費だけでなく、資本コストまで差し引いて利益を残してこそ、黒字といえる。当社では、こうした厳しい姿勢で利益を追求するために、資本コストやその目標値を入れた「PVAツリー」を作成し、社内外に公表しています。

ピジョンが公表しているPVAツリー

これは難しい図で、中堅クラスの社員でも、なかなか自分の言葉で説明できません。ましてや講義には、営業利益すら知らない若手も混じっています。ですから「BS(貸借対照表)とはなにか」といった会計の基礎から始めて、問題も出しながら、やさしい言葉で説明します。

PVAの全体像を社員が理解してきたら、さらに所属する部署、1人1人の仕事にまで落とし込んで考えるように教えます。驚かれるかもしれませんが、繰り返し説明すれば、社員は少しずつ理解します。いまでは、「自分の部署のPVAはどうなりますか」というハードルの高い質問にも、答えられる社員が結構いますよ。

愛を生むのは愛のみ

ずいぶんシビアだと思われますか。確かに、私どもはきっちり利益を追求しますが、「経済的価値」だけを重視しているわけではありません。「社会的価値」の追求は、当社にとって欠かせないものです。

根底にあるのは、経営理念である「愛」と、社是である「愛を生むのは愛のみ」です。なんといっても、我々は赤ちゃんとお母さんがお客様の会社です。お母さんの赤ちゃんへの想いは、まさに、「無償の愛」そのものですよね。そんなお母さんのニーズに応える製品・サービスを提供するのですから、社員も「無償の愛」に近づく気持ちで、仕事をしなくてはいけません。

例えば、当社の主力製品である哺乳器「母乳実感」。ふだん母乳で育てている赤ちゃんが何らかの事情で哺乳器から飲まなければならなくなった時、哺乳器を嫌がって飲まなくなる「乳頭混乱」という行動を起こすことがあります。どうしても解決しなければいけない問題でした。何らかの事情で、お母さんが直接おっぱいから母乳をあげられない時に赤ちゃんが飲まないのは、お母さんやそのご家族にとってはとても心配なつらいこと。

そこで当社は、赤ちゃんがおっぱいを飲む口の動きを60年にわたって研究し続け、「吸着(パクッとくわえる)」「吸啜(きゅうてつ・舌の動きで母乳を引き出す)」「嚥下(飲み込む)」という「哺乳三原則」を解明しました。そしてついに、赤ちゃんが母乳を飲むときとそっくりな口の動きを再現できる哺乳器「母乳実感」を開発したのです。これならおっぱいと併用できると、お母さんたちからとっても喜ばれています。

お母さんたちから支持される「母乳実感」

これはほんの一例ですが、開発・製造・販売それぞれの持ち場で、社員1人1人がお客様への「愛」をつきつめることが、当社の事業の質を高めることに直結します。そして赤ちゃんとご家族に喜び、幸せ、感動をもたらしたという手応えを感じた時、多くの社員が、「何物にも代えがたい喜びを感じた」と言ってくれます。まさに、「愛を生むのは愛のみ」ですね。

しかもいま、企業は以前にも増して、社会課題の解決や持続可能性といった「社会的価値」を求められるようになっています。その点で、当社はとても恵まれていると感じています。

売上の一部を寄付したり、海外に学校を建てたりするCSR(企業の社会的責任)活動には、コストがかかります。もちろん、活動自体はすばらしいですが、「利益」と「社会的価値」が両立しない、いわゆるトレードオフの関係になっています。

われわれはそうではなく、事業がそのままCSR活動に直結しています。事業の中に、「赤ちゃんとご家族の課題を解決する」という「社会的価値」が内包されていて、利益の追求イコール社会的価値の追求になる。そのため、安心して本業に徹することができるわけです。

海外の反応は「愛、なにそれ?」

私が社長に就任したとき、まず手がけたのが、「愛」という経営理念を具体的な言葉に落としこむことでした。冒頭に出てきた「Pigeon Way」は、私が作った指針です。

というのも、漠然と経営理念は「愛」だと知っていても、それが具体的にどういうことなのか、自分の言葉で説明できる社員が少なかったからです。国内ですらそのような状況で、海外に正しく経営理念が伝わるはずがありません。ピジョンはここ20年ほどで急速にグローバル化を進め、現在、海外での売上比率は50%を超えています。海外では日本のように「あうんの呼吸」では伝わりませんから、しっかりと言葉を尽くして説明しなくてはいけません。

それを実感したのは、2004年にアメリカの「LANSINOH(ランシノ)」という会社を買収したときのことです。ランシノの経営幹部に経営理念は「愛」だと話すと、「おお!」とびっくりした後に、眉間にシワを寄せて「何、それ?」と聞かれました(笑)。欧米では、「愛」というと男女の愛を想像するんだそうです。それが一体なぜ、ビジネスに関係するのか。幹部のみなさんの頭の中が、「?」でいっぱいになってしまったんですね。

そこで社長になってから、経営理念である「愛」について書かれた資料をひっくり返して調べました。その中に、2代目社長・仲田洋一の「愛とは、人が人を大切にする心」という素晴らしい文章を見つけたのです。

『これからの世界人類にとって究極的に何が最も大切かと問われれば、それは、「人が人を大切にする心」、すなわち「愛」だと思います。私たちピジョングループは、赤ちゃん、子供、そして、手助けが必要な方々に製品・サービスを提供している企業体です。 その活動の中で、「愛の心」がなければ、決して「愛のこもった製品・サービス」は、生み出せません。

それは、かわいいわが子を育てる母が持つ「愛の心」と同様のものです。そして、「愛の心」こそ、私たち全社員の業務遂行上の原点であり、ピジョングループの事業のあり方を象徴的に表す言葉だと確信しています。』

こう説明すると、ランシノの社員も、国内の社員も、「ああ、そうか。それならわかる」と言ってくれました。

「Pigeon Way」ではさらに、使命や価値観、行動原則を明文化して、社員1人1人の心のあり方、行動の指針をまとめました。そして最後に、「世界中の赤ちゃんとご家族に最も信頼される育児用品メーカー“Global Number One”」というビジョンを掲げ、みんなが向かっていくイメージをより明確にしたのです。

経営学者のマイケル・ポーターは利益を、こんな式で表しています。

「Profit (利益)=WTP(Willing to Pay/顧客が喜んで払うお金)ーCost(諸経費)」

当社の社員1人1人の「愛」の実践は、結果として「WTP(顧客が喜んで払うお金)」を増やします。高い価格で売れるおかげで、コスト競争に陥ることなく、研究開発やものづくりに取り組める。さらに利益を増やす努力をして、社員や株主、取引先といったステイクホルダーに還元し、喜びの輪を広げていく――。この良循環こそが、当社の競争力です。

現在、当社の売上総利益率(売上高に対する利幅)は、国内の製造業平均が約22%のところを約50%。ROE(自己資本利益率)は上場企業の平均が約8%のところを20%以上と、かなり高い水準にあります。これをステイクホルダーのみなさんに還元し、社員の昇給額も上場企業の中でトップレベル。こうした経営努力をご評価いただき、「ポーター賞」や東京証券取引所の「企業価値向上表彰」に選んでいただけたのは、本当にうれしい。経営者冥利に尽きることです。

これからも、「愛」を土台にした良循環を回し続けたい。
そのために、私は時間の許す限り、社員に自分の言葉で語りかけていくつもりです。