大企業の本気を見た! エプソンが「なくてはならない会社」を目指す理由【後編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・セイコーエプソン 碓井稔社長 / 碓井 稔

プリンター大手・セイコーエプソンが掲げるのは、「なくてはならない会社」になること。碓井稔社長は、独自技術をつきつめる社風を大切にしながらも、それが「技術者のエゴになってはいけない」と言う。碓井社長が考える、顧客と夢を共有し、「なくてはならない会社」になるための条件とは。
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技術者の「熱意」と「独善」は紙一重

2008年に社長に就任したとき、「世の中になくてはならない会社」という志を掲げました。世の中の人々はいま、何を求めているのか。どんな社会を望み、どんな夢を持っているのか。それを真摯に考え、共有し、実現に貢献することで、われわれはお客様にとって「なくてはならない会社」になれる。いや、そうならないといけない。

当時、エプソンの業績は低迷していました。収益の柱であるプリンターはコモディティ化による価格競争に陥り、前回お話したように、新興国でも伸び悩んでいました。売上1兆円を超える企業に成長していましたが、その過程で技術、製品の幅が広がりすぎて、非効率が目立ち、一体感に欠けるようになっていた。

その状態を脱するには、「なくてはならない会社」を全員で、本気で目指す必要がありました。自分たちがもっている技術の強みを知り、世の中のニーズと照らし合わせて、新しい価値を生む。その1つ1つのステップをしっかりと実行していくしか、会社の未来はないと考えたのです。

まず、自分たちの技術を知ること。エプソンは生まれたときから、技術志向の会社です。1942年に創立した前身の「大和工業」が、1956年に機械式時計の製造をスタートして以来、世界初の技術を次々と世に出してきました。

例えば、1968年に発売した、世界初の小型軽量デジタルプリンター「EP(Electric Printer)-101」。その小ささと壊れにくさが評価されて世界的なヒットになり、「EPSON(=EPの子供/SONがたくさん生まれますように)」という社名が生まれました。

圧倒的な軽量化に成功し、世界トップシェアになった「EP-101」

1969年には、世界初のクオーツ式腕時計「セイコー クオーツアストロン35SQ」を開発。小型で衝撃に強く、正確に時を刻む腕時計は、世界を驚かせました。時計史に革命をもたらしたといわれ、機械式が主流だった腕時計市場を、クオーツ式が塗り替えるきっかけを作ったのです。

時計史上に残る「クオーツアストロン35SQ」は、2018年度の「未来技術遺産」に認定された

このように、会社の成長過程を見ていくと「省エネルギー、小型化、高精度」がコア技術だとわかります。そこで、この3つを略して「省・小・精の価値」と呼び、研究開発の根幹に据えることにしました。

では、この技術を使って何をするか。ここで大事なのが、世の中のニーズを探ること。私は技術者出身です。座右の銘は「究めて、極める」。不可能を可能にするまで、とことん考え抜く技術者の情熱に大いに共感します。一方で、技術ありきになる怖さもわかっている。技術者が世の中のニーズを無視して、「相手に勝ちたい」「名声を得たい」というエゴで動くと、どんどん独善的になっていく。結果、「なくてはならない会社」から離れてしまいます。

技術者の熱意と独善は、紙一重なのです。熱意は大切だけれど、一歩間違えると、独善に陥る。何がその2つを分けるのか。それは、技術の先に「世の中を良くしたい、喜ばれたい」という志があるか、どうかです。

そこで、2016年度から10年間の長期ビジョン「Epson 25」を作成し、社員が向かうべき道筋を示しました。これからの時代を「人・モノ・情報がつながる世界」として描き、力を入れる事業領域を「インクジェット」「ビジュアル」「ウエアラブル」「ロボティクス」の4つにしぼりこみました。いずれも、当社が培ってきた「省・小・精の技術」で、お客様のニーズに応えられる領域です。

逆にいうと、自分たちの強みを活かせないことはやりません。プリンターでいえば、当社が得意とするのはインクジェット。もう1つのメジャーな技術であるレーザー式の開発も他社にらみでやっていましたが、やめました。他社にもつくれるレーザー式のプリンターを出して売れたところで、「エプソンらしさ」はない。そういう技術開発は、もうやらなくていいのです。

自分たちの手と、頭でつくり出す

「なくてはならない会社」を実現するために、1つどうしてもやらなければいけないことがありました。それは、製造プロセスを自分たちの手に戻すことです。

私が社長に就任した当時は、主力製品であるプリンターの製造のうち、6割くらいを外注に頼っていました。リソースは、社内に十分あった。デバイスを組み立てるメンバー、完成体を設計するメンバー、工場運営をできるメンバー、みんな社内にいますから。それどころか、当社にはインクや、半導体の専門家までいます。とにかくエプソンは、技術者の層が厚いのです。

それなのになぜ、外注していたのか。2000年代はプリンターのコモディティ化が進み、価格競争が激しくなっていました。そこで、社内でつくるよりも安くできるメーカーに委託し、コストダウンを図っていたのです。

これではいけない、と私は考えました。世の中になくてはならないもの、よそにないものをつくろうと志すなら、あちこちから技術をかき集めていてはダメだ。自分たちの手と、頭を使って、徹底してやり抜く経験を積まなければ、社員のレベルが上がっていかない。主体である社員1人1人が本気にならなければ、会社の変革などできるわけがない――。

そこで、開発から製造・販売までをできる限り自社で行う「エプソン流の垂直統合型ビジネスモデル」に転換しました。担当者には、外注と同じくらいのコストでつくれるよう、設計から徹底的に見直してもらいました。大事なのは、それも含めて自分たちで考え、実行することです。

「日本の大企業は停滞していて、イノベーションを起こせない」とよくいわれますが、本当にそうでしょうか。大企業は人材の層が厚く、人数も多い。それぞれのエキスパートが力を発揮して、社員同士がコラボレーションすれば、世の中を変える画期的な商品を生み出せるはずです。

実際に、成果は出ています。当社が2016年に発売した「PaperLab(ペーパーラボ)」は、非常にイノベーティブだと自負している商品。オフィスで紙をリサイクルできる、世界初の乾式オフィス製紙機です。使用済み用紙を投入すると、約3分で文書の内容を消し、新たな紙を作り出す。ふつう、紙のリサイクルには大量の水が必要ですが、ペーパーラボは紙を砕いてインクの色を抜き、再びくっつけるので、水がほとんどいりません。

ペーパーラボは、ペーパーレス化が進む中で「紙を使いたいけど、環境負荷やコストが気になる」人々のストレスを解消したのです。「紙を我慢する」のではなく、「より良い形で使う」という発想に転換し、新しい価値を生み出しました。発売後の反響は大きく、すでに多くのオフィス、自治体に導入されています。

オフィスで紙が再生できる。画期的なエコを実現した「ペーパーラボ」

大企業だって、ベンチャーだって、働く1人1人は同じ人間です。志をもつことはできるし、それに向かって力を結集することだってできる。そのためには、セクショナリズムや業界内の勝ち負けといった、瑣末な事象に気をとられないこと。そうやって「なくてはならない会社」に向かっていけば、当社はまだまだイノベーションあふれる商品を出せると信じています。

シェア争いより、本質的なこと

自分がやった仕事が、社会を変えた。そういう実感がもてる仕事をしたいと、若いころから思っていました。社長になって私が掲げた経営理念は、仕事をしながらずっと考えてきたことと、ぶれていません。

1979年に大学を卒業し、最初に入ったのは自動車関連の大企業でした。そこで受けた新人研修で、20歳くらい上の先輩たちの「自分たちが会社を大きくした」という、まあいわば自慢話を延々と聞かされたわけです。私はふと、「すでに大きくなった会社で、20年後に自分は同じような達成感を得られるのだろうか」と不安になりました。同期にその話をしようにも、みんな「あの部署に配属されれば出世コースだ」とか、そういう話題ばかり。これは何か違うぞと、悩みました。

悶々としたまま帰省したお盆休みに、地元の長野県で信州精器(現・セイコーエプソン)が求人広告を出していたのを見つけました。すでにクオーツ腕時計などで伸び始めていた会社でしたが、事務所はまだ小さく、知名度も低かった。

ところが、出てきた若い担当者が面白いのです。腕時計で成功した会社なのに、「これからはプリンターやコンピューターの時代だ」と、まだ見ぬ新しい技術について熱く語り出しました。その言葉に、チャレンジする社風、気概を感じて、「こっちの方がいいな」と思ったのをよく覚えています。

業界の第一人者でありたい。転職したエプソンは、そんな私の願いをかなえてくれる職場でした。いくつかの現場を経て、1988年にインクジェットプリンターの開発を担当。試行錯誤の末に、「マイクロピエゾ」方式のプリンターの商品化に成功しました。これはいまでも、当社の屋台骨となっている重要な技術です。

仕事ってやっぱり、世の中の人々に喜ばれる新しい価値を作り出してこそ、面白い。それに向かってめいっぱい努力を重ねるところに、やりがいがある。私自身もそうだし、エプソンの歴史を振り返ってみても、そういう価値を追求したときにイノベーションが起きています。

そう考えると、競合他社に勝ってシェア1位になったとか、そんなの意味あるのかなって思うんです。たしかに、人々に支持されてシェアを伸ばすのは大切だけど、それは結果であって目的じゃない。目的は、社会の枠組みが変わるイノベーションだとか、世の中の人々が喜ぶ姿を実現すること。それに尽きます。

もちろん、夢物語では経営は成り立ちません。でも究極的にはそういうことを目指して、現実的な手段で一歩一歩、夢に近づいていく。そんな志なくして、いい仕事も会社もできるはずがないと、私は思うのです。

志を、愚直に追いかける大企業。
そんな会社が世の中を変えていけたら、面白いと思いませんか。