利益を出すクリエイション〜女子大生社長・ハヤカワ五味インタビュー【前編】

  • お金を語るのはカッコいい・起業して気づいた「お金の本当の魅力」 / ハヤカワ五味

小さな胸を「シンデレラバスト」と命名し、世間の話題をさらったランジェリーブランド『feast』の仕掛け人・ハヤカワ五味さん。ファッションブランドやメディアを運営する「現役女子大生起業家」として知られるハヤカワさんは、大学入学後にブランドを立ち上げる以前も、中学生時代から“いろんな手段”でお金を稼いでいたそう。そんな早熟なハヤカワさんが10代で感じた「お金を稼ぐ意味」について語ってもらいました。

ドラクエのゴールドを稼ぐ感覚で、転売でお小遣いを稼いでいた

——「feast」や「secret」といったブランドを展開し、「起業家」として稼いでいるハヤカワ五味さんですが、初めてお金を稼いだのはいつですか?

中学生の時ですね。オークションの転売で出た利益が、自分の力で稼いだ初めてのお金でした。私、“転売ヤー”だったんです。

——どうして中学生にして、いきなり“転売ヤー”に?

当時、ロリータ服にすごくハマっていて。欲しくてたまらなかったんですが、ロリータ服は2万円、中古でも1万円からの“世界”。自分のお小遣いではどう考えても買えない金額だし、パートで働いているお母さんにお小遣いをせびるのは申し訳ない。しかも学校はバイト禁止でした。

——普通なら、もう諦めるしかない状態ですよね。

だから、買えないと分かっていても気になるから、とりあえず毎日ヤフオク!やフリマサイトに出品されているロリータ服を見る日々でした。でもある日、「同じ商品なのに値段が違うこと」に気づいたんです。そこで、この差額をお小遣いにしてしまおうと……。

——それは、思いついてもなかなか実際に行動に出ないと思うのですが……。それで実際に転売を?

はい。実際に実行しました。当時はとにかく、物欲先行で(笑)。実家の部屋で、コツコツ転売を頑張りました。

——転売での「月の稼ぎ」は、いくらぐらいでしたか?

多い時で月5万円。当時はロリータさんの間で、ウィッグが流行っていて。普通の店では1万円なのに、オークションに片言で出品された中国産の量産品は5000円ぐらいで買えたんです。それをちゃんと写真と説明を付けて出品すると、1回で5000円の利益。こうやってうまく転売して、結構稼げていました。

——それって、お母さんのパートより“割のいい仕事”だったのでは?

当時から、そう思ってました(笑)。ただ、儲かって嬉しい半面、ドラクエ好きだったので、「ゴールドを稼ぐ感覚」で、純粋にお金が増えるのを楽しんでいる部分もありましたね。

小売の基礎は、転売で学んだ

——稼いだお金で、念願のロリータ服は手に入たわけですね。

欲しかったロリータ服を1つ買えても、物欲は全然満たされず……。転売で稼いだお金は洋服類に、全部使ってましたね。

——当時買った一番高いものはいくらですか?

本当に欲しくて、唯一定価で買った商品の値段は3万5000円。当時の私からしたら、すごく高い買い物でした。

——そのどうしても欲しかった服は、今もまだ大切に持っていますか?

いや、もう売っちゃいました。「ロリータ服は株」が、私の持論ですからね。

——と、いいますと?

中古で取引されることの多いロリータ服は、ロリータ服市場の動向で、その「価値」が変動するんです。例えば、Aというロリータ服があるとすると、ブランドから再販がかからなかったり、再販されてもすぐ完売するとAの値段は上がります。一方、再販がかかった瞬間にAの値段が下がることもあります。でも、再販のクオリティが低いと、その後にまたAの値段が上がることだってあるから、なんだか面白いんですよね。

だから、私は好きなブランドを中心に、ウェブや掲示板で新作や再販の情報をいつも仕入れて、再販がかかる手前で売っていました。その後に値段が下がれば、「よし! ギリギリ売り抜けた!」と(笑)。

——それは、完全に株のトレーダーみたいですね(笑)。

そうやって、物の価値が市場によって変化するのを肌感覚で知れたのは、いい勉強になったと思います。それに、オークション取引は「小売りの基礎」でもあるんです。いい商品を販売するのは大前提として、その上で「いかに商品をよく見せて、その価値を顧客に伝えるか」を、私はオークションで自然に学んだと思います。

——転売業が予想外に基礎的なビジネスの勉強となり、後に「起業家・ハヤカワ五味」を生んだわけですね!

まとめると、“いい話っぽい”ですが、実態は物欲に駆られて転売業に手を出し、ただ浪費していただけですよ(笑)。

利益を出さないことは、全然クリエイションじゃない

——転売で稼ぐ中学時代を経て、高校生になると『キリトリ線タイツ』など、自分でデザインした商品を販売するようになったハヤカワさん。履いていた自作の柄タイツを「欲しい!」と言われたのがきっかけだったそうですね。

最初は美術予備校の友達への販売で、その後は自分のアメブロ(アメーバブログ)の読者さんに自宅からの通販をはじめました。それから販売量がだんだん増えてきて手に負えなくなり、工場に発注する量産体制に移行しました。

——工場に頼むとなると、なかなかお金がかかりそうですが……。

それが、実は文化祭でクラスTシャツを作る要領とほとんど同じで、デザインとサイズを考えて、データ入稿をするだけなんです。値段は1足1500円で、ミニマムが30足4万5000円です。

——うーん……。高校生にとっては高いような、安いような“なんとも言えない値段”ですね。

私は最初、「高い!」と思ったので、事前に予約を受ける「受注生産」で販売することにしました。これも、ロリータ服文化ですね。そうやって、順調に量産はできたのですが、利益を出さない価格で販売をしていると、今度はいつになっても「受注生産から抜け出せない」ってことに気がついたんです。

——「受注生産から抜け出せない」と、どんな問題があるんですか?

受注生産で販売だと、30人分予約が集まらないと作れない。だから、もし後「私も欲しいです!」という人が出てきても、次に30人集まるまで待ってもらうか断らないといけないんです。それがすごく申し訳なくて……。その時に、「しっかり利益を出して、次に発注するためのお金を持たなければいけない」と思ったし、「利益を出すことが悪いことではない」って、初めて気づきました。

——それは着実に起業家に成長していってますね。それまでは「お金儲け=悪いこと」という感覚があったんですか?

「お金儲けのことを考えず、利益を出さないでこそクリエイターだ!」と思っていましたね。でも、実はそれは全然クリエイションじゃないって、その時分かったんです。だって、利益を出さないと、次のお客様に商品を届けられないじゃないですか。

その時期に「利益を出せば、お客様に価値を還元できる。だから利益を出すことは、いいことだ」と、ちゃんと納得できたことで、出た利益で生産した大量の商品をデザインフェスタみたいなイベントで販売する「受注生産の次のステージ」に進めましたね。

——転売業をやっていた中学時代とオリジナル商品を販売するようになった高校時代では、「お金を儲けること」に対する感覚に変化はありましたか?

オークションで儲けている時は、なんだか気分がすっきりしなかったんですよね。転売の場合、商品のクオリティは自分でどうしたって上げられない分、あたりまえですが、ウェブ上でよく見せることが第一になるんです。商品紹介のテキストを書く時は、いいところはよく書きますし、よくないところの説明をどうするかのさじ加減は、自分次第。だから、当時はお金を稼いでいることに、若干の後ろめたさもありました。

——なるほど。

でも、自分の商品を売る時は、クオリティ100%のいい商品を作っていると自信があるから、その上で熱量100%で売ることはすごく気持ちが良いし私のためでもお客様のためでもあるんですよね。

——ちなみに、そういったビジネスで直面していた壁を突破できたのはいつごろですか?

高校2年ですかね。だから……17歳ぐらいの時です。

——本当に早熟ですね……。では、大学受験を経て、起業家としてブランドを立ち上げるお話は、また次回!