損切りできないのは当然! 「損失回避バイアス」の仕組み【後編】

  • お金を語るのはカッコいい・正しい意思決定を阻むモノ / 大竹 文雄

銘柄選びから売買のタイミングまで、投資は「意思決定」の繰り返し。株価が下がり始めたらすぐに損切りするなど、合理的な判断ができる人が成功する。しかし、なかなかそれができないのが人間というもの。行動経済学を専門とする経済学者・大竹文雄先生に、人間の合理的な意思決定を阻む要因について、解説してもらった。
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人間はみんな、損切り下手

投資の最終的な成否を分けるのは、利益確定。金融商品が値上がりしたタイミングで売れるかどうかで、結果が決まります。しかし、「適切なタイミングで損切りができない」という人が多く存在するように、売るタイミングの判断はとても難しい。

しかしそれは、行動経済学の見地からすると、当然のことなのです。

行動経済学で研究対象となる人間(ヒューマン)は、合理的な意思決定を妨げる認知のゆがみ(バイアス)をたくさん持っています。この連載で、未来より現在を優先する「現在バイアス」や、自分の能力を実際より大きく見積もる「自信過剰バイアス」など、さまざまな特徴を紹介してきました。

その中でも有名なのが、「損失回避バイアス」です。これは、利得の喜びと、損失の悲しみを比べると、後者のほうが大きく感じるという人間の特徴。「損失回避バイアス」を持っている以上、人間が損切り下手なのは、仕方がないことなのです。

例えば、こういう実験があります。

1万円をもらった後、その1万円をなくしたとします。ふつうに考えると、損得ゼロなので、1万円をもらう前となくした後では、所有金額が同じなので幸福度は変わらないはずです。しかし、多くの人は、1万円をなくした後の方が、1万円をもらう前よりも幸福度が低いでしょう。これは、1万円をなくしたときの損失を、最初に1万円をもらったときのうれしさよりも強く感じるからです。

多くの実験結果で、損失の悲しさは、利得のうれしさの2.5倍程度だと計測されています。ですから1万円を失った悲しさを補うには、2.5万円をもらわなければいけない。これほど、損することを悲しむ気持ちが強いのです。

なぜルールが必要なのか

「損をするのがつらい」という感情は、「損失を回避しよう」という行動に反映されます。アメリカの実験で、子供たちに次の2種類の条件で勉強をさせるというものがありました。

A.テストの成績が前回より上がったら、2000円を渡す
B.子供に最初に2000円を渡して、テストの成績が前回より下がったら取り上げる

実験の結果、Bの条件を出す方が、子供が良い成績をとる傾向にあることがわかりました。ごほうびの喜びよりも、損を恐れる気持ちの方が、子供達を動かすのです。

また別の実験もあります。

A.コイントスをして、表が出たら2万円もらえる。裏が出たら0円
B.コイントスをしないで、確実に1万円もらえる

この場合、多くの人がBを選びます。つまり、「2万円のためにギャンブルをするより、確実な1万円を取ろう」と判断します。しかし、条件を以下に変えてみると……。

C.コイントスをして、表が出たら2万円支払う。裏が出たら0円
D.コイントスをしないで、確実に1万円支払う

多くの人がCを選ぶのです。ここでは、損失を回避するために、もっと大きい損失の可能性があるギャンブルにかけるという行動が見られます。「いま損をしないためなら、なんだってする」「目の前の損失を認めたくない」。こういう極端なほどに損失を嫌がる心理が、人間が損切り下手になる理由です。

コイントスの実験で見られるように、プラスになるときには人は割と冷静に判断できます。ですから利確はできるけれど、株価が下がった時の損切りは苦手ということになります。こういう性質があるので、プロのファンドマネージャーでさえも、運用の際に自分のルールを定めていると聞きます。

プロですらそうなのですから、個人投資家はもっと自覚してしかるべきです。投資額の上限や、「10%値下がりしたら売る」という損切りのルールなど、「損切りできないのは当然」と思って、自分なりに決め事をしておくべきでしょう。

実は経済合理性で考えると、ルール自体は、全然合理的じゃないんです。ルールを決めるというのは、「いつでも、どんな時でも、こうする」という原則で自分を縛ることですね。そうすると場合によっては、最上の手を打てないこともあるからです。

ただ、「いつでも、どんな時でも」最上の手を打てる人間なんて、そうはいません。そんな“超天才”以外は、やはり自分の“合理的じゃない部分”を知って、ルールを決めておくのが賢さというものです。