超・高収益企業のトップが初めてメディアに語った「強さ」の秘訣【前編】

  • 上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・信越化学工業 斉藤恭彦社長 / 斉藤 恭彦

日本が誇る優良企業のひとつ、信越化学工業。ずば抜けた収益力で、格付け会社ムーディーズから、化学メーカーとして世界最高ランクのAa3を取得している。投資家からも大人気だが、その「強さ」の実態はあまり知られていない。2016年6月に社長に就任した斉藤恭彦氏が、初めてロングインタビューに応え、経営について語った。

「ブラックボックス企業」であるわけ

当社の「強さの秘訣」ですか。
2018年3月期の営業利益率は、23%で製造業の平均4%と比べると高い。かつ8期連続の増益で業績を更新し続けています。売上高に対する時価総額の倍率も、ダウ・デュポンといった世界の大手化学メーカーより、高い水準にあります。

「どうしたらそんなに利益が出るのか」「他社と一体、何が違うのか」と、投資家やアナリストの方々からよく聞かれます。みなさん、何か特別な経営手法があると思われているのかもしれません。

しかし当社に、奇策などはありません。驚かれるかもしれませんが、基本に忠実であることによるところが大だと思っています。あえて申せば、徹底して基本に忠実であり続けることが奇策なのかもしれません。現場の一人ひとりが、目の前の仕事の意味を理解し、より高度なやり方を追求する。高収益は、その積み重ねがあり、はじめて実現することができるのではないでしょうか。

逆にいうと、本質的でない仕事は徹底的に省きます。私は入社した当初、経理部に配属されました。多くの会社でもそうだと思いますが、中期経営計画を作ることに相当な時間をかけていました。しかし、完成して発表した後は、ファイルに閉じてしまっておくだけ。なんのためにやっているのかなあと思っていたのですが、1990年に社長になった金川千尋(現会長)が、その仕事をなくしました。中期経営計画の公表をやめたのです。

何年までに何%売り上げを伸ばすとか、どの分野にいくら投資をするとか、細かく計画を立ててもその通りに進むことはまずありません。その度ごとに理由を説明して、数字を修正するのは、大変な労力を要します。また、計画を公表することで、競合他社に手の内を明かすことにもなります。「それなら、発表しない」というのが、当社の考え方です。

もちろん、社内で目標は立てていますが、数字を公表することはしません。中期経営計画を発表しない一部上場企業は少数派ですから、株主の方から、「何が起きているのか不安だ」という意見をいただくことがあります。そのお気持ちはわかりますので、私どもが目指す方向性はお話しています。

しかし、立派なビジョンはあるが業績がいまひとつの会社と、中身がブラックボックスだけど毎年必ず高い利益を上げる会社と、どちらがいいでしょう。

私どもはどちらかというと「ブラックボックス企業」ですが、結果を出しています。そして利益を事業に再投資し、成長につなげています。夢のようなビジョンを語る代わりに、実績をお見せする。その方が、企業本来の役割を果たしていると思っています。

ハードより、ソフト重視の経営

当社は、他社の手がけていない特殊な製品を扱っているわけではありません。
世界トップシェアを持つ塩化ビニル樹脂(塩ビ)は、住宅の外壁やパイプなど、さまざまな製品の材料として使われます。同じく世界トップシェアの半導体シリコンウエハーも、電子機器に欠かせない半導体デバイスの材料です。つまり、当社が強い製品は当社だけが手がけているものではなく、また作り方は他社とほぼ同じです。

では、どこで差が出るのか。製品や装置・設備といったハードそのものというより、それらを設計したり、動かしたりするソフトの力。つまり、オペレーションです。

世界中にいるお客さまに、必要なときに必要な量の製品を、安定した品質で、双方にメリットがある価格で納めること。その際、ムダな在庫を持たず、売り切ること。このオペレーションをきっちりと継続してやり切っている化学メーカーは、そんなにないと思います。

立派なハードを作るのは、資金があればできるのかもしれません。しかし前述のソフト面を充実させるためには、現場の一人ひとりが途切れなく、いい仕事をしないといけません。これは容易なことではありません。

例えば、約束した納期を守るという1点をとっても、現場の力量が問われます。当社では、「最初に注文を取るときが肝心。そこでいい加減な仕事をしては絶対にいけない」という認識が行き渡っています。ですから、営業は製造現場と密に確認をとり、納期や量について「できる」と確信してから、お客さまにお話をします。いくらお客さまが望むからといって、いい顔をしてできない注文を引き受けることはしません。

価格交渉や、工場の運営、品質管理など、すべての現場に、「仕事の本質を考える姿勢」が根付いています。目の前の仕事が何のためにあるのか。どうすれば生産性が上がり、利益が出るのか。本質的でないムダな作業に時間をとられていないか等々。

当社の強さは、現場一人ひとりの「本質を考え抜く力とやり抜く力」にあると思います。

地道な積み重ねこそが、力

当社がメディアで紹介される際、「投資判断が絶妙である」とよく言われます。会長の金川が行った、米国塩ビ会社シンテックでの一連の投資、光ファイバーの素材となる合成石英プリフォームや、現在半導体業界の主流となっている300ミリの半導体ウエハーの設備投資を指しているのだと思います。確かに、金川が市場のニーズを察知して他社より早く投資の手を打ったことで、当社は大きく成長しました。

主力製品のひとつである、半導体シリコンウエハー

ただし、一般的に「投資がうまい」という時に連想されるイメージ-ー相場の勘に頼るとか、逆張りでとかー-と、当社のやり方は区別されなければなりません。金川がこれまでの投資判断で重視してきたのは、日々、お客さまの声を聞くこと。お客さまの動きに目を凝らして、マーケットで何が起きているのかを察知することです。

お客さまのニーズを知り、それに適した製品をいち早く供給する。これがまさに、仕事の基本中の基本です。うわべの派手さより、地道に本質を追求すること。その大本には、利益に対する執念と事業に対する熱意があります。本当に利益を上げたければ、余計なことはせず、基本を徹底するのが一番なのです。

当社の社員は日々の仕事を通して、こうしたことを繰り返し繰り返し学びます。それが連綿と続いて、いまがある。天才技術者がいるに越したことはありません。しかし、そのような人の到来を待望していても始まりません。しっかりと本質を考え抜く「社員」というソフトこそが、財産です。

では、こうした強い現場を作るために、どういう組織が必要か。それを次回、お話ししましょう。